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王冠を賭けた恋 - 王位を捨て愛する人を選んだ王様

愛する女性と結婚するために自ら王位を捨てた王様がいるのを知っていますか?

彼の名はエドワード8世。

1936年にイギリス国王に即位しますが身分の違うアメリカ人女性と結婚するためにわずか325日で退位してしまいます。

退位後のウィンザー公爵という名前の方が有名かもしれません。

彼とその妻ウォリス・シンプソンのロマンスは「王冠を賭けた恋」として世界中で話題となりました。

王冠を賭けた恋

愛を選んだ国王

二人の出会いはパーティーでした。

エドワード8世が36歳、ウォリスが34歳のときです。

ウォリスはこのとき二人目の夫と結婚しており人妻でした。

パーティーで初めて会話をしたときにウォリスの飾らない人柄にエドワード8世が惚れたと言われています。

その後二人は付き合い始めますが周囲は大反対でした。


やがて父親であるジョージ5世国王が逝去し、エドワード8世は国王の座に就きます。

ウォリスを王妃として迎えようとしますが王室やイギリス国民から大顰蹙をかいました。

ウォリスがアメリカの平民出身であるということや、国の宗教では離婚が禁じられていたからです。

それでもエドワード8世の意志が揺らぐことはありませんでした。


そして1936年12月10日、ついに退位宣言書に署名し、弟のヨーク(ジョージ6世)が次の国王となりました。

このニュースが流れると電話回線がパンクし商業施設の機能が麻痺したと言われています。

マスコミは「王冠を賭けた恋」と呼び連日このニュースを報道しました。

イギリス国内だけではなく世界中に衝撃が走り、日本でも夕刊の一面を飾りました。

翌日の12月11日にラジオで「愛する女性の助けと支え無しには、自分が望むように重責を担い、国王としての義務を果たすことが出来ない」という言葉で知られる退位文書を読み上げました。


※エドワード8世の後を継いだ弟のジョージ6世は映画『英国王のスピーチ』のモデルとして有名です。

結婚

王位を捨てたエドワード8世は周囲を嗅ぎまわるマスコミを避けてオーストリアへと避難しました。

その後はフランスへと渡りウィンザー公という称号を与えられます。

そして半年ぶりにウォリスと再会し二人は結婚をしました。

二人はごく親しい人だけを呼んでフランスのコンデ城で結婚式を挙げました。

このときにウォリスが着用した青いウエディングドレスは「ウォリス・ブルー」と呼ばれ話題となりました。

イギリス王室はウインザーを公爵として認めましたが、ウォリスを公妃とは認めませんでした。

それでも二人はお互いに愛し合い幸せに暮らしました。


1972年になると女王の座に就いていたエリザベス二世がウインザー公夫妻とイギリス王室の関係を修復しようと二人のもとを訪れます。

その数日後にウィンザーはガンのため77歳でこの世を去りました。

イギリス政府は「ウィンザー公の遺骨は公妃が付き添い空輸され、イギリス王室の墓地に埋葬することが決定した」と発表しました。

このとき初めてウォリスは公妃として認められたのです。

ウォリスはエリザベス女王の賓客として王室に迎えられました。


1972年6月3日にバッキンガム宮殿でウインザー公の追悼式が行われました。

それを見ていたウォリスは涙を流しながら「35年よ…」と呟いたと言われています。

ちょうどその日は二人が結婚式を挙げた日から35年目の日でした。


ウィンザー公は一生をかけてウォリスのことを愛したと言われています。

また莫大な資産を使いカルティエやヴァン・クリーフ&アーペルに注文してダイヤ、エメラルド、ルビー、サファイアなどのアクセサリーをたくさんプレゼントしました。

ウォリスがその生涯を閉じたときオークションにかけられたそれらの宝石は数十億円の売上をあげました。

その遺産は彼女の遺言に従い、パスツール研究所のエイズ基金に寄付されたのです。


生前のウィンザー公はウォリスとの結婚について尋ねられるたびに「もし時計の針を元に戻せても、私は同じ道を選んだでしょう」と答えていたそうです。

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